伊勢堂岱ストーンサークル・秋田県
秋田県鷹巣町の胡桃館遺跡と蝦夷
   狩や漁に使われたおびただしい量の石器や動物形の土器品等からは自然の恵みに感謝・祈願する儀式が行なわれたことが考えられます。更に、幼児の足の型押しした土製品も出土しており、ヒトの成長に関する通過儀礼も行なわれていたようです。それらの事例からは、伊勢堂岱遺跡は縄文人の生死を含めた、生活の節目の儀式が行なわれた場所であったと考えられます。縄文人による大規模な土木工事の様子を知る事が出来ます。環状列石は、丈の低い石垣のように見えるが、細部を観察すると、縦・横の河原石の配置が繰り返されていることが解る。細長い河原石(立石)を或る間隔を置いて縦に埋め込み、立石の間に平らな河原石を3〜4枚重ねるようにしている。この時、立石の上にも丸みのある河原石を重ねるような手順を繰り返しているのである。(小牧野遺蹟の配石とよく似たところである。)
富沢資料館で展示

伊勢堂岱遺跡の現地説明

   たくさんの石を円形に配置して、墓や儀礼用の施設としたものを環状列石といいます。環状列石は縄文時代前期末(約5,000年前)から作られ、北海道から近畿地方まで広い分布を見せますが、特に縄文時代中期後半〜後期前半(約4,500〜4,000年前)に、北海道と東北地方北部に多く作られました。伊勢堂岱遺跡は、縄文時代後期前半(約4,000年前)の環状列石を主体とする遺跡です。平成6年、大館能代空港のアクセス道路建設に先立ち、秋田県埋蔵文化財センターにより初めて調査が行なわれました。以来、毎年調査が継続されており、今年で7年目になります。鷹巣町教育委員会では、今年度も昨年度に引き続き、国史跡指定申請のための範囲確認調査と内容確認調査を実施しました。

1.範囲確認調査の概要

   今年度の範囲確認調査は、分布の稀薄な台地西縁、調査面積の少ない台地中央部を対象にしました。台地西縁に7本、台地中央部に4本、計11本のトレンチを設定しています。遺構は検出されませんでしたが、出土遺物は土器や石器のほか、キノコ形土製品やミニチュア土器、小形の三脚石器など、多彩です。いずれも縄文時代後期前半の所産と考えられます。

 鷹巣町教育委員会より(2000年11月26日/2001年8月再掲)

伊勢堂岱遺跡調査報告(秋田歴研協会誌4号より) 秋田県教育庁文化課 武藤祐浩

    鷹巣町脇神にある伊勢堂遺跡では、縄文時代後期の3つの環状列石や建物跡、墓穴それに土偶、石刀、朱塗の土器など多くの遺物が発見された。全体を現した環状列石は長径30m、短径25mの円形で、北側に出入口的部分が伸びており小牧野式といわれる階段状の特徴的な石の組み方になっている部分がある。この環状列石の南側には現在まだ杉林地下になっているが、直径42mで、内側で二重になると推定される環状列石がある。この環状列石の周囲には建物跡群がめぐっており、その北部を今年の発掘調査で発見した。この環状列石は、二重になる点、周囲に建物がある点で大湯の万座環状列石のものに類似している。もう一つの環状列石は不完全である。伊勢堂遺跡には環状列石の他にもいくつかの配石遺構を伴い、この地がきわめて特別な位置にあり、縄文人が特にこだわりを見せた所である。また台地東端部の丘陵上に認められる整地・溝の構築物も縄文時代の可能性があり、これらはこれまでに例を見ない注目すべき縄文人の土木工事例として重要なものとなる。さらにストーンサークルを中核とする遺跡一帯からは、土偶・石剣・三角形土製品・三角形石製品・鐸形土製品・キノコ形土製品など、いわゆる儀器・呪術具と推定される遺物の種類と量が多く、多彩な状態でこの場が、単なる墓域、モニュメント構築の場にとどまらず、様々な祭りが取り行われた場、特別な場であったことを示すものである。環状列石のような記念物の構築は土木技術や道具の点でも縄文時代の限界を超えるようなものであり、その点において、エジプトのピラミッドやマヤの神殿にも匹敵する。こうした記念物の構築は全員で行うことにより、個々のイメージのすり合わせを行う縄文人のアイデンティティー形成に非常に重要な点であり、伊勢堂遺跡に見られる縄文人のこだわりは、周辺一帯の場の中で、例えば太陽の運行(日の出、日没)のかかわりなどについても今後検討されなければならない。

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伊勢堂岱遺跡

<縄文時代の祭祀場>
  伊勢堂岱遺跡は標高40〜45mの台地上に位置する、縄文時代後期前半(今から約4000年前)の大規模な祭祀場です。平成7年度、大館能代空港のアクセス道路建設に先立つ発掘調査で発見されました。環状列石や配石遺構、掘立柱建物跡、土壙墓、捨て場など、多くの祭り・祈りの施設が見つかっています。遺存状態がよく学術的価値が高いことから、平成13年1月、伊勢堂岱遺跡は国の史跡に指定されました。

<祭りの施設>
  山や河原から運んできた石を円形に並べて、墓や儀礼用の施設としたものを「環状列石」といいます。伊勢堂岱遺跡では、こうした環状列石がいくつも残されています。現在までに4つの環状列石が発見されており、いずれも大規模なのが特徴です。環状列石のほかにも、掘立柱建物跡や土壙墓、埋設土器など、多くの祭りの施設が見つかっています。

<祈りの道具>
 伊勢堂岱遺跡からは、まじないに使ったと思われる道具が多く出土しています。ヒョウタン形の土器や板状土偶、キノコ形土製品など、さまざまなものがあります。

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古代蝦夷と縄文思想